エゴイスト 〜菊丸side〜 一人は嫌だよ… そう呟いても、隣に居たあの人はもう居なくて。 代わりにどうしようもないくらいの不安と焦燥が胸を過ぎった。 人の「エゴ」は上手く出来てるみたいで、欲求が満たされるならば代わりを選ぶ。 俺にとっての不二の代わりは……… 「おチビ…」 翌日朝練に向かったら、不二とおチビが仲良さそうに部室に居た。 …嫌だな。俺の居場所が全然ない空間。 「……お早う」 「お早う…英二」 「はよっす…」 三人それぞれ後ろめたい事情があるから、明るい挨拶なんて出来るわけなくて… 少し暗いトーンで挨拶した後、不二は俺の側に近寄って来た。 「英二、少し話がしたいんだけど…いいかな?」 「いいよ」 不二の話したい事っていったら…やっぱりおチビとの事かな。 だからそんなに深く考えなかった。 俺と不二は確かにSEXとかしてたけど…それは俺が不二を慰めてただけで。 本当言うと、セフレみたいなもんだし。 「英二…昨日電話くれたよね?」 俺と部室裏まで来た不二は、唐突に切り出した。 おチビはというと、俺が来た直後に入って来た桃とラリーをしてた。 でもやっぱり気になるのか、視線はチラチラとこっちに送ってる。 「…うん。おチビが出たけど」 「声を出さなかったみたいだね。リョーマは英二からの電話だって気付いてなかったよ」 …リョーマ、か。 昨夜一晩で、そんなに親密な関係になったんだ…。 「…吃驚して切っちゃったんだよ」 「そう?何か後ろめたい事があるんじゃないの?」 「そんなの…」 不二の目はギラギラと俺を睨んでて…まるで俺が何をしたか知ってるみたい。 …まさか、おチビが話したのかな? まぁ、話してて当たり前なんだけどね。おチビは悪くない事だし。 「…リョーマから聞いたよ。酷い事をしてくれたね」 「………うん、ごめん。反省してる」 「僕に謝らないで。…その件については僕も責任があるから、君を責める事は出来ないし」 「そだね…。おチビにちゃんと謝るよ…」 不二が自分のした事を理解しててちょっと吃驚したけど…流石に俺が悪いから、余計な事は言わなかった。 俺としても、これ以上に話が拗れるのは御免だしね。 「…不二、おチビと付き合う事になったの?」 「…そんな関係じゃないよ。お互いが必要なだけ」 「そう…」 それって立派な理由だと思うけどね。 お互いが必要な存在なんて、最高じゃん。俺もそんな人が居れば良かった。 「英二…ごめんね。僕は君を愛せなかった…」 「いいよ…それは最初から判ってた事だし。不二が愛するのは、おチビか手塚…」 「英二!!」 「!?」 吃驚した。 今まで喧嘩とかはした事あったけど、不二の怒鳴り声を聞いたのは初めてだったから。 「手塚の事…軽々しく口にしないで。それから、リョーマにも話さないでいて…」 「…ずっと黙ってるつもり?」 「時がきたら話すよ…」 どこか諦めてる感じの不二は、コートに凛として立つ姿からは想像もつかない程だった。 天才不二周助。…天才って、いつも無理をしてるのかな? 彼のように…孤独と馴れ合ってしまう程、心に隙間があるのだろうか。 …俺には一生感じ取れるはずのない事だけどね。 「不二が黙ってろって言うんなら、言わない」 「そう…ありが…」 「でも!」 ありがとう。そう言おうとした不二の言葉を遮り、俺は不二に対して指を突きつけた。 「俺は、俺の必要なモノを手に入れる。…それが何を指すか、解ってるよね?」 「!リョー…マ…?」 「あぁ。俺が求めた不二が、求めたモノ。俺の欲求を満たすのに最適な人」 「…英二、頼むから…僕らをそっとしておいて…」 「不二、一度でも俺の気持ち…考えた事あるの?」 不二と身体を重ねる度、心が痛かった。 男同士だから罪悪感?…そんな単純な気持ちじゃない、きっと。 不二は俺を抱く事で欲求を満たした。でも俺の欲求は、不二じゃ解決しなかった。 だって俺の欲しいモノは………… 「英二…」 「不二は俺にとって【麻薬】だった。身体を蝕むだけで、偽りの幸せを感じさせた」 「ッそんなんじゃ!」 「ないって言える?一度でも俺の欲求を満たしてくれた?…無いよね」 だって俺の欲求は、「心から他人に大切に思われ、愛されること」。 …不二は、さっき自分で認めてしまったから。 「英二…ごめんね。僕は君を愛せなかった…」そう言ったのは、紛れも無く彼自身だから。 「…今だから言うけど、僕にとって英二は重い存在だった」 「………」 「僕の心の傷を哀れんでくれるけど、癒す事が出来ないから…」 「…でも、それでも俺を選んだのは不二だ」 「…あぁ。けれど、その代償は僕にとって大きかった」 【…傷を負った心はそのまま放置され、化膿するかのように状況を悪化させた…】 そう言った不二は、また来た道を戻って行った。 心の傷…確かに俺は、それを知っていながら見て見ぬふりをした。 いや、そうすることしか出来なかった。 いつか彼の元に、ソレを癒せる人物が現れるのを待つしかなかった。 そしてソレがおチビ…越前リョーマだ。 「俺は俺の方法で、この欲求を満たす…」 気が付けば喉はカラカラで、手には汗を掻いていて。 トクン、トクン…と鼓動は早く鳴っていて。 …不二に対して、緊張してた。ううん…むしろ恐怖を感じてた。 おチビにした事がバレてたから?それとも不二の怒鳴り声を聞いたから? それとも…不二と本音をぶつけあったから………。 「………エゴ」 全てそれぞれのエゴで出来ている人間関係。 複雑に見えるのは、それだけ様々なエゴを胸に秘めているから。 そして俺の【エゴ】も… 確実に俺自身を動かし始めていた。 俺が俺だけのエゴを、満たせるように。 |